獄雨の完調日記 8

16年1月9日

明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしく。

すこし日記を書くことを怠っていた。昨年末は種々雑用に追われ、いささかてんてこ舞いしておりました。ようやくそれも一段落したので、また書き始めることにする。

さて、その年末、忙しかったのだが、その中で、私にとって重要な仕事が二つほど形になった。それは、

1)金時徳氏(韓国ソウル大学奎章閣韓国学研究院助教授)の『韓半島とユーラシア東海岸の五〇〇年史』(メディチメディア社〈韓国ソウル〉2015年4月)の書評(リポート笠間59号)執筆

http://kasamashoin.jp/2015/12/59_20141131.html

2)拙論「日朝文士の齟齬はいかに起こり得たか」(岩波『文学』2015年11、12月号)執筆

https://www.iwanami.co.jp/bungaku/1606/toc.html

です(書評は笠間書院のブログで読むことができます)。

1)は韓国の新進気鋭の学者である金時徳氏の近著の書評である。

この頃つくづく思うのだが、私は学者として何か自慢できるところがあるのだろうか、どうもないんじゃないかと。とくに先輩・同輩の国文学者たちの研究の緻密さ深淵さを見るにつけ、歯がたたないなぁと。ただ、研究領域の広さという点については、いささか自信があったのだが、金時徳氏の該本の広さには脱帽した。後生畏るべしとは当にこのことである。該本は韓国語だから、まだ日本では読めないのだが、これが日本で公刊されればきっと話題になって韓国や韓国の知識人を見直す良いきっかけになるはずだ。ただ、日本では外国の良書、とくに韓国のものはなかなか翻訳されない。その反面、日本では、日本人や日本在住の外国人によるもので、日本に都合のよい部分を水増しして甘味かアルコールを交ぜたような代物が、けっこう出回っている。もとより、書かれている内容が、必ずしも間違っているわけではないのだが、典型的なミスリードと言うか、韓国を誤解させるだけに終わりそうなものがまま見られる。なお、この書評でもふれたが、エマニュエル・パストリッチ氏(韓国慶煕大)の『韓国人だけが知らないもう一つ大韓民国』(21世紀ブックス、2013年)も良い本である。私は金時徳氏とパストリッチ氏のお二人が、今後韓国の言論界を牽引していくのではないかと密かに思っている。

2)は、ここのところ東アジアにおける文学の伝播について幾つか論文を書いているが、それを鳥瞰的にまとめる方向で書いてみたものである。

日韓は中国から様々な影響を受けたが、そこには共通しつつも違った要素が見られる。その両面を丁寧に見直してゆくことが大切だろう。今回は『水滸伝』や『剪灯新話』などの中国小説作品の日韓への伝播と、日韓双方で生まれた恋愛小説の比較によって、この点を吟味してみた。これを書くことによって自分の視点が定まった。そのうち出来れば本にしたいと考えている。

最後に、書評でも取り上げたパストリッチ氏が、マーティン・ルーサー・キング牧師の有名な演説「私には夢がある(I Have a Dream)」(1963年8月28日)を模して作ったパストリッチ版「I Have a Dream」を上げたい。昨今、何かと血生臭いキナ臭い事件が多いことに鑑みて、年頭の祈願にしたい。もちろん、パストリッチ氏の夢は私の夢でもある。

■エマニュエル・パストリッチ「私には夢がある。」

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私には夢がある。それは、いつの日か、韓国人と日本人がひとつになって、中国、アメリカと一緒に、人類を脅かしている真の敵に向かって力を合わせるという夢である。敵とは、隣国ではなく、全世界を脅かしている環境危機、つまり気候変動である。その解決のため、全面的に協力するという夢である。

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私には夢がある。それは、いつの日か、韓国の歴史家が、日本の帝国主義に勇気をもって立ち向かい、犠牲になった日本の幸徳秋水のような学者たち、小林多喜二のような作家たち、そして政治家、市民に敬意を表し、韓国の歴史博物館でも彼らを記念するという夢である。

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私には夢がある。それは、いつの日か、韓国人が日本の誤った政策を批判するとき、平和主義を主張した笹本潤先生の名前を思い浮かべ、引用するという夢である。

そして日本人が科学技術政策を考えるときに、韓国の世宗大王の知恵に学び、古代韓国の優秀な行政の事例を参考にするという夢である。いつの日か、日本と韓国の過去二千年の王朝の行政システムを理解する両国の歴史学者たちとともに、日本と韓国が合同の連続講座をおこなうという夢である。そして専門家たちが、両国の政府官僚と会って、過去の制度で実践されていた良策から、どう未来の行政に活用できるかを議論するという夢である。

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私には夢がある。それは、いつの日か、日本と韓国が、いにしえの時代にそうだったように、平和に包まれ、一続きの村々となってつながるという夢である。村と村の間に人々が行き来し、お互いに尊敬し合いながら、ときには結婚しに行ったり来たりするという夢である。

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私には夢がある。それは、いつの日か、日本と韓国がともに世界中の人身売買と性的搾取に対してより厳格な法律を制定するという夢である。女性に対する犯罪をなくす努力をするように、世界の他の国々を促す、高い基準の新たなアカウンタビリティ(説明責任)を設定するという夢である。過去の慰安婦が、味わった苦しみの分、補償され、彼女たちは日本と韓国政府の両方が、今日の女性のためにこの悪夢を終わらせることに尽力していることを知るという夢である。

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私には夢がある。それは、いつの日か、日本のすべての小学校が、韓国に姉妹校を持ち、日韓の小学生がインターネットを通じて日常的に一緒にプロジェクトに取り組むという夢である。両国の学生、両国のコミュニティーが、お互いに近所のこと、家族のこと、希望、そして夢を話し合える未来を想像しよう。子供の頃から相互利益のための共同プロジェクトを通じて、個人的な友情を長年にわたって育み、日韓関係の新時代の基盤を築き上げていくという夢である。

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染谷智幸(そめや・ともゆき)俳号は獄雨、切枝凡

専門は日本文学(江戸時代)、日韓比較文学

写真(著者撮影)はイスタンブールのアヤソフィア大聖堂に遺されていた海賊の落書き。

何と書いてあるのか、まったくわからん。