『百人一首の謎を解く』Q&A

新書『百人一首の謎を解く』について寄せられた質問などに答えてみます

○新書『百人一首の謎を解く』をお読みいただいた方から寄せられる質問をとりまとめて、Q&A形式で答えてみようと思います。
○最初に質問をまとめたページがあります。各問の答えは、リンクしたページに飛ぶようになっています。「◆A◆」を、クリックしてください。
○なお、疑問はまだまだあるようです。折を見て増補する予定です。これでは不充分と思われる回答についても、適宜書き換えていくつもりです。
○「まとめページ」をつけています。

・すべての発端は、「『百人一首』の撰歌は、秀歌撰として納得いかないものだ」という問題にあります。
・それに対して、「この撰歌は、そもそも秀歌撰として企画されたものではない」と考えたのが、今回の『百人一首の謎を解く』のキモの部分となります。

(この間の事情については、論文―プロフィール参照―および、新書『百人一首の謎を解く』に書きましたので、ご参照ください)


1 『百人一首』は、藤原定家が王朝を代表する秀歌百首を集めたものではないのですか? ◆A◆

2 『百人一首』の中には、「苦」とは関係のなさそうな歌がかなり見られます。『百人秀歌』が、蓮生の障子のために、定家が、苦海に呻く歌人たちの歌を撰んだのだとすると、これらについては、どのように説明するのでしょうか? ◆A◆

3 『百人一首』に撰ばれた歌は、「苦」を嘆く歌と、普通の秀歌のマゼコゼだと言うことになるのでしょうか? ◆A◆

4 『百人一首』に撰ばれた和歌そのものは、異常でもなく、駄作でもなく、変でもないということですか? ◆A◆

5 なぜ「撰歌された歌が変」だと考える人が多かったのでしょうか。 ◆A◆

6 織田正吉氏の『絢爛たる暗号 百人一首の謎をとく』(昭和53年3月)は、藤原定家がかなりの時間をかけて作成していたのが『百人一首』・『百人秀歌』であるとしています。つまり、蓮生の依頼によって定家が作成した、山荘のための和歌色紙のための撰歌であるという考え方は、否定されています。この点について反論はありますか? ◆A◆

7 『百人一首』の歌に、暗号は何も隠されていないのでしょうか? ◆A◆

8 『百人一首』の一首一首の歌はジグソーパズルのピースに過ぎなく、並び順に意味はない。ピースを撰んだ際に、定家は暗号や、何かの秘密を仕込んでいる。だから『百人秀歌』の歌にはすでに暗号が潜んでいるのだ、という考え方は成り立ちませんか? ◆A◆

9 『百人秀歌』や『百人一首』はともかくとして、定家は後鳥羽院追慕の念をどこかに表明したり、それを籠めた作品を作成する必要があったのではないでしょうか? ◆A◆

10 なぜ、後鳥羽院、順徳院の歌が『百人秀歌』になくて、『百人一首』の方にはあるのでしょうか? ◆A◆

11 今回の「謎を解く」の論証の、いちばん弱いところはどこでしょうか? ◆A◆

12 『百人一首』が藤原定家のあずかり知らない撰集だとしたら、その価値はないということでしょうか? ◆A◆

付 新書に書かれたもののほかに、特にアピールしたい論点がありますか? ◆A◆

まとめ ◆A◆